そもそも「独学」って何?

「独学」vs「習う」

決定的な違いは何でしょうか?

 

こんにちは!

耳コピ力を鍛えて、演奏のクオリティを上げる!

ギター講師の島田沙也加です

 

「そもそも独学ってナニ?」

「独学って、

 何を指して呼ぶんだろう?」

 

最初の疑問は、ここから始まります。

 

なんか知りたいな、と思った時

本を開き、ネットを渡り、、、

 

その時点で、既に

「誰か」の知識を借りているのに

 

まるで、

自分の力だけで

ここまで来ました!

 

という勢いで使われる

<独学>という言葉に

違和感を抱いたのです。

実は、明確な違いがわからなかったんです。

今回、何を言いたいのかというと、

<独学>なのか、独学でないのか、

を気にされる方がいるということです。

 

ところが、私には、

この境界線が全くナイ

 

なので、今まで、

この2択を気にする人の気持ちが

わからずにいたと思います^^;

 

私なりのこの<独学>

<習う>かの考え方が

まとまったので、お話しますね。

 

「独学」と「習う」の共通点・相違点

情報源が、対面のアドバイスだとして、

自分で調べた本や動画だとしても、

 

私にとっては、

「誰かが教えてくれたこと」

に変わりがありません。

 

何か曲を聞いて、得たこともです。

 

そして、このスタンスでいると、

情報に柔軟に対処できると感じています。

 

なぜなら、

<独学>にコダワリがある人は、

こう思えないからこそ、

人に習うことを嫌ったり、

不自由そう…という偏見を持ったりします。

 

 

さて、次に

「独学」と「誰かから学ぶこと」の

決定的な違いといえば、

【自分を見てくれること】

ですね。

 

本を開いて、動画を見て、

どんなに懇切丁寧にアドバイスが

書かれていたとしても、

 

「そこは、こうした方がいいよ!」

 

と自分に適したアドバイスは、

絶対にもらえません。

 

「独学」も「習う」もどっちも必要

私にとって、

独学で手に入れた情報も

先生から手に入れた情報も

 

「自分を見る目・聴く耳・

 考えるチカラを養うため」

 

にあります。

 

自分で考えたけど、

調べたけど、、ワカラナイ

 

ということは、

どんなステージにいても

起こること!!

 

恥ずかしいことでは

全くありません。

 

誰かに習うからと言って

自分が思考停止するわけではないし、

 

むしろ、そうなってしまっては、

意味がありません(笑)

 

 

「自分を見る目・聴く耳・

 考えるチカラを養うこと」

が目的だとしたら、

 

自分で駆け回るよりも

自分より全体を知る人(先生)

聞いてしまったほうが

早いこともあります。

 

私は、そのために、

現在でも師を頼ることがあります。

 

手段(独学か、そうでないか)に

こだわることなんて、小さい問題だな!

と思えてきますね(^_^)

 

私の考え方が参考になれば、幸いです!!

 

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